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火曜日, 10月 17, 2017

マンスリーアーカイブ 5月 2017

サッカー日本代表加藤恒平

弊社契約”加藤恒平”選手がW杯三次予選の代表メンバーに選出!(2017年6月)

2017年6月、FIFAワールドカップの三次予選で、サッカー日本代表メンバーに弊社契約の"加藤恒平選手"が選出されました! おめでとうございます!

本間和生が感じたヨーロッパとアジアの違い

海外でプレーするということが当たり前ではなかった ? ?(写真提供:LAO TOYOTA FC) 2017年。時代の変化の速さは驚くほど早く、わずか10年足らずで世界はものすごい速さで変化する。今は世界のどこにいようとLINEやfacebookを使えば無料で連絡が取れるし、顔を見て話す事も当然の事としてできる。必要な情報があればスマートフォンを開けばすぐにその情報にたどり着く事ができる。格安の航空会社も増え、世界のどこに行くのも低下価格で行けるようになった。世界は確実に小さくなりつつあるように感じる。   しかし約15年前。2002年にはLINEもfacebookもスマートフォンさえも存在していなかった。 ?当時、日本のサッカー界で海外移籍と言えばJリーグで活躍した日本代表クラスの選手達が行くというのが当たり前。実績のない選手が海外へ行くなんて常識ではなかなか考えられない時代だった。   2002年日韓共催W杯の日本代表メンバーで海外クラブでプレーしていた選手と言えば、川口能活、稲本潤一、中田英寿、小野伸二の4選手のみ。ほとんどの選手が海外組となった今とでは大きな違いだ。 ?日本中がW杯フィーバーに沸いた2002年。まだ今のように海外でプレーすることが一般的ではない時代に人知れず欧州に渡り、12年間に渡って自分の足を頼りに欧州のクラブを渡り歩いてきた選手、それが本間和生だ。     東ヨーロッパに位置するセルビアとハンガリー   セルビアとハンガリーは決して欧州のトップレベルのリーグではないが、毎年のように優秀な選手をスペイン、イタリア、ドイツのような強豪リーグに送り出すサッカー大国の一つだ。   セルビアには欧州の中でも有名なレッドスターやパルチザンなどのビッククラブがあり、マンチェスター・Cのコラロフやトリノで活躍するリャイッチなど多くのセルビア出身の選手達が欧州各国のトップレベルのクラブで活躍している。   ハンガリーは1950年代、マジック・マジャールと呼ばれ世界最強と言われた代表チームの歴史があるように、古くからの歴史を持った古豪と呼ばれる国だ。一時の栄光は過去の物となりつつあるが、ハンガリー国内でのサッカー人気は今だ健在。国内リーグには将来を嘱望される未来のスーパースター候補達がしのぎを削っている。   セルビアで2年半を過ごし、その後2004年にハンガリーのクラブへ移籍。そこから9年半の間ハンガリー国内のクラブを渡り歩いた本間。2002年に渡欧してから12年が経った2014年、ハンガリーを後にして本間が次に活躍の場を求めたのは東南アジアのラオスだった。 ?   4年目を迎えるラオスでのプレー   ?(写真提供:LAO TOYOTA FC) ? 本間は今年でラオスでの4年目のリーグ開幕を迎えた。2014・2015シーズンには得点王とリーグ優勝。2016シーズンは優勝こそ逃したが、ここまでの3シーズンで約80ものゴールを積み重ね、所属するLAO TOYOTA FC、そしてラオプレミアリーグを牽引してきた。   今シーズンはアジアの国際大会であるAFCカップの予選にも出場、リーグ戦と合わせて過密なスケジュールが続いている。   『今年のチームは昨年からメンバーが結構入れ替わったので若い選手がすごく多い。初戦では負けてしまいましたが、やばいなという雰囲気はチームにはありません。まだまだここからですね。』   今シーズンはここまで順調に7ゴールを獲得、誰よりもゴールの似合う男は落ち着いてそう話す。   欧州からアジアに来て感じること ?(写真提供:LAO TOYOTA FC)   当時ハンガリーでプレーしていた時には東南アジアでプレーすることは考えていなかったという本間。   『特に何も考えていなかったですね。半年間ほど所属チームがないという状態も続いていたし、選択肢はなかったので。』   実際に東南アジアに来るとローカルの選手たちのポテンシャルの高さには驚いたという。技術の高さ、俊敏性、ヨーロッパとはサッカーそのものが違った。どちらがレベルが高い、どちらがプレーするのが難しい、そういった単純な問題ではない。 『強いて言うならば、サッカーというスポーツの本質へのアプローチの仕方が違うのかもしれません。』と本間は話す。   その違いの中で苦労することはなかったのか。もちろんあっただろう。しかし、その中でも彼は環境にアダプトする術、自分が外国人助っ人として生き残るための術を熟知していた。   『自分は周りに生かされて生きるタイプのFWです。なので、人や周りのことはよく見ているつもりだし、観察はよくしていると思います。そしてやっぱりFWなので得点を取ることがチームに溶け込む上で大事な事でもあります。』   東南アジア、日本、ヨーロッパ、それぞれでサッカーは当然違う。しかし、そこの違いという目に見えない壁は言葉で簡単に比べられるようなものではない。結局は自分で感じるしかないのだ。   『考えているだけでは何も始まらない。自分で行動を起こして壁にぶつかる。そこでそれを乗り越える為にもがくから、それが自分自身の生きた経験へとすることができる。海外でサッカーをやっていれば明日のことも分かりません。だから今、自分がその瞬間にどう向き合うかでそれがこの先に繋がって行くと信じています。少なくとも自分は今までそうやってきたから、ここまでサッカーを続けてこれたのだと思っています。』   一歩を踏み出す勇気 ?(写真提供:LAO TOYOTA FC)   インターネットの普及に伴って広がったグローバル化の影響。それはサッカーの世界も例外ではない。世界のスーパースターが欧州だけでプレーする時代は終わりつつあるのかもしれない。続々とアジアやアメリカに移籍する世界のビックネームのニュースは後を絶たない。日本人もJリーグで活躍した選手だけが欧州リーグに挑戦できるという時代は終わった。選手たちは世界のどこでもプレーすることができる。   そういう時代の中で、何もなかった時代に自分の足だけを頼りに道を切り開いてきた本間の言葉は、これから挑戦する若い選手たちにとっての大きな道しるべになるだろう。 ?今は行こうと思えば誰でも何処へでも行ける時代だ。   スマートフォンでアプリを立ち上げチケットを予約する、チケットも安い。現地に着けばgoogle mapで行き先を検索すれば行ったことのない場所でも迷わずに行ける。   ?必要なのは『一歩踏み出す』ということだけだ。   プレーでも同じかもしれない。ゴール前で常にチャンスを伺い、どんなボールにも身体を投げ出すようにしてゴールに結びつける。練習からそう行った鬼気迫るプレーをする本間。そういった姿勢が試合でのここぞという場に発揮される。そしてそういうプレーができるのは、常に自分で一歩踏み出し、自分自身で道を切り開いて来た本間だからだろう。本間の言葉、そしてプレーからはそういった力強い意思を感じる。   ?(写真提供:LAO TOYOTA FC)

水野輝のAFCカップでの戦い

東南アジアでの挑戦 明治大学を卒業後、J3のFC琉球で1シーズン、Jを舞台に戦った水野輝。しかし、プロとして納得できる待遇を受けるには至らず、アジアで挑戦することを決意する。 向かった先はシンガポールだった。アルビレックス新潟シンガポールと契約した水野、海外での1年目となる2015シーズンでリーグ戦3位、国内カップ優勝。個人としてもシーズンを通してスタメン出場を続け、選手として充実した毎日を過ごした。 しかし、プロとしてさらに自分を高める為に、そして厳しい環境で自分をもっと磨ける場としてカンボジアに新天地を求めることを決意します。 移籍先はカンボジアリーグのスバイリエンFC。2013シーズンには国内リーグ優勝、2015シーズンにはフンセンカップで優勝するなどカンボジア国内きっての強豪クラブです。 必要なものは何でも揃うシンガポールとは違い、カンボジアはまだ発展途上の国。サッカーだけではなく、生活、文化、環境、言葉、全てが違いました。しかし、水野の中で新しい環境でチャレンジすることへの迷いはありませんでした。 スバイリエンFCでは、シーズンが始まるとすぐに水野はチームメイトやコーチ陣からの信頼を得ることに成功します。シーズンを通し、ボランチとして後方からチームを支え、安定したパフォーマンスを見せました。そしてカンボジア1年目ながら、リーグのオールスターチームのメンバーにも選出されます。 『スバイリエンは良い選手は多かったのですが、攻撃的な選手が多く守備が手薄でした。その中で自分のようなタイプがはまったのだと思います。』と水野は話す。 スバイリエンでの活躍はすぐに国内チームの関係者の目に止まった。カンボジアリーグ王者、メコンカップ優勝、決勝でタイ王者のブリーラムと熱戦を演じたボンケット・アンコールFCからのオファーだった。 ?カンボジア王者として戦うAFCカップ 2017シーズンよりカンボジア王者のボンケット・アンコールFCでプレーすることになった水野。ボンケット・アンコールFCは2016シーズンに抜群の攻撃力で一気にカンボジアのトップクラブに躍り出たクラブです。強力な外国人選手、そしてカンボジアの英雄チャン・ワタナカなどを擁し、東南アジアトップのクラブとも渡り合ってきました。 クラブは2017シーズンよりさらなる強化のため、新しくオーストラリア人監督を招聘。 水野はその新監督のもとでも早速ボランチとして信頼を勝ち取ります。しかし、ボンケットはカンボジアのチャンピオンクラブ。当然ながら要求されることは少なくないという。 『ボンケットでは守備だけではなく、攻撃の起点としてのプレーも常に求められています。もっと成長しないといけない。』 国内リーグに加え、アジアの国際大会、AFCカップにも出場しているボンケット・アンコールFCは過密なスケジュールで試合が続きます。ミャンマーのマグエFC、フィリピンのグローバルFC、マレーシアのジョホール・ダルル・タクジムFCが顔を合わせたAFCカップのグループリーグ。 ?豊富な資金で国内外から優秀な選手を集める各国のトップクラブとの対戦は厳しい戦いが続いた。 特にマレーシアのジョホールは別格だった。日本代表が98年W杯の出場を決めたジョホールバルの歓喜。あの試合が行われたスタジアムをホームとするマレーシア屈指のビッククラブ、東南アジア屈指の金満クラブとしても有名です。 数万人は入っていたというスタジアムを埋め尽くす観客の熱。スバ抜けた個の能力を有する外国人選手。代表選手を多数抱えるというローカル選手のレベルも相当高かったという。 『正直、チームとしても圧倒されてしまいました。自分たちもプレスで上手くはめたかったが、全てが後手に回ってしまい、どうにも出来ませんでした。』 ?しかし自身初めての国際大会という大舞台は、楽しいものだったと水野は話す。 『その国に行って、その国のトップのクラブと試合をする。そうするとその国の色だとかそういうものが見えてきて楽しかった。そして、もっとこういう舞台で戦いたいというモチベーションにもなりました。』 ゴールはもっと先にある 日本を出てから、シンガポール、カンボジア、AFCカップ。常に自分の評価を上げ、目標へと続く階段を着実に登る水野。しかし今は日本に戻ってJリーグに挑戦したい、さらにレベルの高いヨーロッパでプレーしたいといった考えはないという。 『自分はアジアで勝負したいと思っています。今だったら、マレーシアやタイなど東南アジアでのトップリーグのクラブでプレーしたいという気持ちが強い。そしてACL(アジアチャンピオンズリーグ)でプレーしてみたいと思っています。』 ?常に自分を信じ、しっかりと目標を見据え、一歩一歩進むべき道を行く水野。 近い将来、アジアトップのクラブの一員としてACLで戦う水野の姿が観れるかもしれない。

フォルツァ選抜・シンガポール遠征5(最終日・帰国)

5/2 9:00 フォルツァ選抜、シンガポール遠征最終日。 午前中はGFAとのトレーニングマッチ。 今日までホテル→大会会場をバスでの往復のみというVIP待遇だったので、ローカル感を得るためにも地下鉄移動。 日本の地下鉄より整備されていてキレイ? スコールのため少し雨宿り。 10:20 フォルツァ選抜シンガポール遠征トレーニングマッチ vs GFA 15分×5本 結果: 2-4 得点者: タクミ、マサト。 相手チームはシンガポール現地の日本人クラブチーム。2コ上、3コ上の年上が混ざるなか終始互角の戦いを繰り広げるフォルツァ選抜。しかし、大事な局面で相手のパワーにやられての4失点。 「コーチ、同い年と試合がしたいです」 関係ない。どんな相手でも同じピッチに立ってボールを蹴っているのであればプライドを持って試合に挑む。年上相手の方が得るモノは大きい。 トーナメントでの悔しさをバネにシンガポール遠征最後の蹴球。 多くのチャンス、シュートシーンを作るも決定力に欠ける。 タクミ、マサトが得点を奪うがリードはさせてくれない。 幸い、曇り空で昨日に比べ比較的涼しい中、15分×5本、充実したトレーニングマッチになった。 施設近辺のフードコートで腹ごしらえ。 まだまだヤングだ。 ホテルに戻り、帰国前の観光。 徒歩でアラブストリートへ。 お土産タイム。 充実した5日間もこれでラスト。選抜チームとは言え、ピッチ内外で素晴らしい纏まりを見せたフォルツァ選抜。 大会の結果はベスト4。 君達が準決勝で戦ったチームは、見事に優勝した。 あと一歩、もう一歩出ていれば決勝に行けたかもしれない、優勝の可能性があったかもしれない。 しかし、サッカーではその「もう一歩」が勝負所。 味方よりも、相手よりも、もう一歩前へ出て勝負をかける選手が将来プロになる。 日本の少年サッカー、果たしてどれ位の選手が海外での真剣勝負を体感しているのだろうか。 何分の1だろう? 君達は、間違いなく少数派、選ばれた選手達。 アジアの強豪国との真剣勝負、死闘を10歳〜11歳で味わうという貴重な経験、どのように捉えるかで人生が変わってくる。 仲間に伝えるとチームが変わってくる。 まだまだプールやポテト、お菓子に目が無い世代、でもピッチの上だと真剣。 シンガポールの地で、肌で感じた事を忘れないでほしい。 真剣勝負がどんなに激しかったか、 あのゴールがどんなに気持ち良かったか、 なぜあのボールを簡単にクリア出来なかったか、 あの相手の気迫はなぜ凄かったのか、 あと一歩、もう一歩はこれからはもっと出せる。 親、仲間、家族に感謝しながら、引き続き、サッカーと勉強に励んでください。 そしてまた、シンガポールメンバーで再会できたらいいね? 次は、ピッチ上での対戦相手、ライバル? KEEP ON BOYZ !  Enjoy your Foot ball Life !! 保護者の皆様 飛行機は予定通り日本へ出発予定です。 以下、事務連絡です。 到着?5月3日(水)5時50分 場所?羽田空港国際線第1ターミナル到着出口 便名?JL036 航空会社?日本航空 お迎えの方はお間違いないようにお願い致します。 また出口に出てくるのは到着後約30分後となりますので、予めご理解ください。

Jリーグデビュー戦で1ゴール

      4月22日に行われた天皇杯全日本サッカー選手権大会一回戦、国士舘大学戦。あきぎんスタジアム(秋田市八橋運動公園球技場)で行われたこの試合が山田樹にとってのブラウブリッツ秋田での公式戦デビューとなりました。 残念ながらこの試合は1−2で敗れ、チームは天皇杯一回戦敗退。山田にとってもほろ苦い秋田でのデビュー戦となってしまいました。しかし、先発メンバーとして臨んだこの試合。得意の左足から繰り出される前線へのパス、クロス。攻守に存在感を発揮した山田の評価は悪くないものでした。         待ち望んだJリーグデビュー   4月30日、沖縄県総合運動公園陸上競技場で行われたJ3第6節FC琉球戦。 3500人を超える観客が観戦に訪れたこの試合。秋田は序盤から攻勢を見せ、前半開始早々の2分には先制点。前半終了時には3−0と大きくリードして試合を折り返しました。 そして、さらに2点を追加して5−0とリードした状態で迎えた62分。ついに山田に出番がやってきました。Jリーグデビューです。 この日も左サイドでの出場となった山田、まずはしっかり守ってから攻撃に出るという監督の指示を受けてピッチに入りました。 そして迎えた76分。待望の瞬間が訪れます。 サイドに流れた選手がボールをキープ。それと同時に、内側からその選手を追い越してスペースに走り込む山田にふんわりと浮いたパスが通ります。浮いたボールを胸トラップでコントロールすると得意の左足を振り抜きました。 ボールは逆サイドネットに豪快に突き刺さり見事ゴール。 最高の形でのJリーグデビューとなりました。     試合は6−1の完勝でした。この結果、開幕から5試合で4勝1分。ブラウブリッツ秋田はJ3で首位に立っています。 試合後の監督のコメントでも山田に対する期待と高い要求が伺えました。 最高のJリーグデビューを果たした山田。まずは先発メンバーに食い込み、定着。そして勢いに乗るチームの中でも彼の良さを発揮し、チームと共にJ2昇格へと突き進んで欲しいと思っています。 彼のJリーグでの活躍は、Jリーグでのプレーを目標とする海外でプレーする多くの若い選手たちに注目されています。彼がJリーグで活躍するという意味はそういった選手たちにとって大きな意味を持つことにもなるのです。 彼が海外で培ってきたことを存分に発揮し、さらに秋田で活躍してくれることを期待しています。    

U12・14ソサイチ日本選抜シンガポール遠征【帰国へ】

U12・14日本へ向けて飛行機の搭乗待ちです!子どもたち1人1人に刻まれたシンガポールでの出来事。

U-12ソサイチ日本選抜シンガポール遠征【3日目】

大会3日目がスタート!バイキング形式の朝ごはん。栄養満点の食事を取り、負ければ終わりの決勝トーナメントに挑む!

フォルツァ選抜・シンガポール遠征4

5/1 6:30 JSSL大会最終日 CUPトーナメント(上位トーナメント)の1試合目が9:00キックオフと言う事で早朝ブレークファースト。 さあ、予選リーグは序章。 勝ちへのこだわり、球際での攻防、一瞬のスキが試合を左右するノックアウトラウンドが始まった。 決勝トーナメント第1試合 vs JSSL neXt Gen 結果: 2-1 得点者:  18分 ケイト 23分 ケイト ホイッスル直後、海外での真剣勝負を目の当たりにし出鼻を挫かれ、4分に相手のフリーキックから先制点を許す。 カラダごと必死でぶつかってくる異国の相手、球際、勝ちへの執着心、全てが初体験。 しかし、徐々に自分達のペースを掴み始める。 体格、リーチ、闘争心で負けないケイト、中盤の底からチームを立て直す。終盤、コーナーキックからの押し込み、サイドの崩しからの押し込みで2得点、ノックアウト方式の初戦でヒーローになった。 ここからは毎試合、ヒーローが生まれないと優勝は無い。 次の相手チームを視察。 そして決勝トーナメント第2試合 vs ASIOP Apacinti 結果: 2-1 得点者: 5分 タクミ 17分 リクト 日本では体感する事の無いアウェイでの真剣勝負初戦を勝利で飾ったフォルツァ選抜。2試合目への入り方にヌカリは無かった。 左サイドを主戦場とするタクミが相手選手を交わし縦へ突破、角度のない所からニア上に突き刺し貴重な先制点。ソウマ、ハルト、ケイトのDF陣がシンプルに相手の攻撃を跳ね返しながら自分達のペースで試合を進める。終盤、マサトが主戦場の右サイドを個人技で崩しゴール前のリクトへ、冷静に押し込み追加点。ラストワンプレイで相手に得点を許すがタイムアップ。危なげなく準決勝へとコマを進めた。 JSSL 準決勝 vs Budak Bola Inspire 結果: 1-3 得点者:  3分 タカト 午後1時、アジア常夏の国の太陽光が容赦なく照りつける中キックオフ。どちらのチームも疲れを隠せない。体格を生かしてシンプルに蹴り込んでくる相手。フォルツァ選抜、比較的、小柄なテクニシャンが多い中、相手チームは徹底して空中戦で試合を進めてくる。 2分、相手チームのエースが強烈な左足のミドル、先制点を許す。すぐさま、同じくレフティーのタカトがこぼれ球をバイタルで拾い左足を一閃、降り出しに戻す。 DFのちょっとしたミスは試合を左右する。 自陣ゴール前への嫌なハイボールのバウンドを被り、裏にいたFWに押し込まれ失点。似たようなハイボールを痛恨のクリアミス、相手に押し込まれ失点。 死闘での二点差を跳ね返すにはあまりにも時間が足りず、タイムアップ。 フォルツァ選抜、ベスト4で幕を閉じた。 悔しい気持ちを忘れちゃいけない。 君達のサッカー人生、まだまだこれからだ。 シンガポール観光! チャンピオン?! ではないけど、君達は良く戦いました。 プール! さあ、今日もゆっくり休もう。 明日は現地のクラブチーム、GFAとのトレーニングマッチ、夜は帰国だ。 Well done Forza Select !!

U14ソサイチシンガポール遠征3日目

いよいよ決勝トーナメント!vs JSSL Next Gen(シンガポール)、安定の守備と落ち着いた展開で相手を一歩も寄せ付けず、勝利。

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